クラシック音楽の調査の一覧(オーケストラ・コンクール・楽器の値段・アマチュアの調査)

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(以下、ウィーン・フィル)とNHK交響楽団(以下、N響)が公開している演奏記録をもとに、日本財務戦略センターが、定期公演でどの作曲家の曲が演奏されてきたか、誰が指揮台に立ってきたかを10年ごとに調べました。比較のために東京都交響楽団(以下、都響)の記録も加えています。ウィーン・フィルの記録は1842年からありますが、比べているのは、N響の前身の新交響楽団が演奏会を始めた1926年からのおよそ100年です。
N響でこれまで最も多く演奏された作曲家はベートーヴェンで、1926年から2026年6月までの全公演で演奏された曲の12.4%(3,795曲)を占めます。曲ごとに見ると、最も多いのはベートーヴェンの交響曲第9番で459回でした。定期公演どうしで両楽団の曲目を比べると、よく演奏する作曲家の顔ぶれと割合の似方は1920〜60年代には0.2〜0.4台の順位相関でしたが、1970年代から0.6台に上がり、その後は動いていません。N響の指揮台に外国人が立った割合は、2000年代の81.9%が最も高くなっています。
この記事は、楽団の良し悪しや演奏の質を論じるものではありません。公開された記録から確かめられることを、確かめられる範囲で書いたものです。
<a href="https://ai.jfsc.jp/research/vienna-nhk-repertoire/">ウィーン・フィルとN響の100年 ── 定期公演の曲目と指揮者は、どう変わってきたのか|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「ウィーン・フィルとN響の100年 ── 定期公演の曲目と指揮者は、どう変わってきたのか」(2026年10月4日) https://ai.jfsc.jp/research/vienna-nhk-repertoire/ウィーン・フィルは、ウィーン・フィルの公式の演奏記録アーカイブに載っている1842年3月28日から2026年9月29日までの10,768公演と、そこで演奏された曲35,315件を使いました。N響は、N響の「演奏記録アーカイブ」に載っている1926年10月22日から2026年6月28日までの曲30,576件です(アーカイブの公開のお知らせはN響のサイトにあります)。都響は、都響の公式の演奏会アーカイブにある1965年10月1日から2026年9月17日までの2,340公演です。
曲は「1つの公演で演奏された1曲」を1件としています。同じプログラムを2日続けて演奏した場合は2件です。作曲家の名前は、ウィーン・フィルのドイツ語表記とN響の英語表記の綴りの違い(Tschaikowsky と Tchaikovsky など)を寄せたうえで比べました。都響は日本語表記しかないため、N響の日本語と英語の対訳を使って寄せています。都響の定期公演の曲のうち、寄せられなかったのは99曲でした。
比べたのは定期公演だけです。全公演で比べると、ウィーン・フィルはニューイヤーコンサートなどで演奏されるシュトラウス一家のワルツやポルカが多く、ヨハン・シュトラウス2世だけで全公演の曲の11.2%を占めます。N響も全公演には名曲を集めた公演や地方公演が多く含まれ、チャイコフスキーの割合が定期公演より高く出ます。楽団が自分で曲目を組む度合いが最も高いのは定期公演だと考え、そこにそろえました。
定期公演の範囲は次のとおりです。ウィーン・フィルは公演名が「Subscription Concert」のものと、1842〜59年の「Philharmonic Concert」、N響は「第◯回 定期公演」「◯年◯月定期公演」「日響定期大演奏会」(プロムナードを除く)、都響はシリーズ名が「定期」で始まり中止になっていない公演です。この範囲で、ウィーン・フィルは7,179曲、N響は11,957曲、都響は2,651曲になりました。
似ている度合いは、年代ごとに、2つの楽団のどちらかでよく演奏された作曲家40人を選び、その40人の割合の順位がどれだけ一致するかを、スピアマンの順位相関で表しました。1なら割合の並びが同じ、0なら関係がないことを示します。

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出典:ウィーン・フィル、NHK交響楽団、東京都交響楽団の公式の演奏記録をもとに日本財務戦略センター集計
| 年代 | ウィーン・フィル定期の曲数 | N響定期の曲数 | 順位相関 | 上位10人の重なり |
|---|---|---|---|---|
| 1920年代 | 546 | 229 | 0.24 | 6人 |
| 1930年代 | 524 | 587 | 0.44 | 7人 |
| 1940年代 | 536 | 634 | 0.27 | 6人 |
| 1950年代 | 477 | 790 | 0.29 | 6人 |
| 1960年代 | 466 | 971 | 0.24 | 4人 |
| 1970年代 | 476 | 1,610 | 0.66 | 5人 |
| 1980年代 | 482 | 1,676 | 0.62 | 7人 |
| 1990年代 | 508 | 1,614 | 0.63 | 7人 |
| 2000年代 | 539 | 1,530 | 0.65 | 6人 |
| 2010年代 | 528 | 1,443 | 0.61 | 7人 |
| 2020年代 | 302 | 873 | 0.64 | 6人 |
1920年代から60年代までの順位相関は0.24〜0.44で、年代によって上下していました。1970年代に0.66へ上がり、2020年代まで0.61〜0.66の幅に収まっています。2020年代は2026年までの途中の値です。
1970年代には、N響の定期公演で演奏された曲が1960年代の971曲から1,610曲に増えています。曲数が増えると割合のぶれが小さくなるので、相関が上がった理由の一部はそこにあるかもしれません。ただ、その後N響の曲数がほぼ同じ水準で続いても相関が0.6台のまま変わらなかったことは、記録から確かめられます。何が両楽団の曲目を近づけたのかは、この記録だけでは判断できません。

出典:両楽団の公式の演奏記録をもとに日本財務戦略センター集計
1842年からの定期公演全体で見ると、ウィーン・フィルではベートーヴェンが11.7%、モーツァルトが8.1%、ブラームスが7.0%でした。1926年からのN響の定期公演では、ベートーヴェン8.6%、モーツァルト7.8%、ブラームス5.1%と、上位3人の顔ぶれは同じです。
N響の定期公演でベートーヴェンの割合が最も高かったのは1940年代の16.1%です。1960年代から2000年代にかけては、両楽団ともモーツァルトが1位か2位でした。ウィーン・フィルではこの5つの年代すべてで1位、N響では1990年代だけ2位で、残りは1位です。2010年代には両楽団ともモーツァルトの割合が4%前後まで下がり、その分、作曲家のばらつきが広がっています。
上位の顔ぶれが似ていても、割合の差が大きい作曲家がいます。
| 年代 | ワーグナー(ウィーン・フィル定期) | ワーグナー(N響定期) | ブルックナー(ウィーン・フィル定期) | ブルックナー(N響定期) |
|---|---|---|---|---|
| 1940年代 | 2.8% | 6.0% | 8.8% | 0.6% |
| 1950年代 | 1.3% | 1.8% | 4.2% | 1.5% |
| 1960年代 | 1.3% | 7.0% | 6.4% | 1.2% |
| 1970年代 | 0.8% | 4.2% | 5.5% | 2.1% |
| 1980年代 | 1.2% | 6.1% | 5.0% | 2.5% |
| 1990年代 | 1.6% | 3.3% | 4.7% | 2.1% |
| 2000年代 | 3.7% | 3.0% | 4.5% | 2.0% |
| 2010年代 | 2.3% | 2.9% | 4.2% | 1.7% |
| 2020年代 | 2.0% | 1.6% | 3.3% | 1.8% |
ワーグナーは、N響の定期公演では1960年代に7.0%(3位)、1980年代に6.1%(3位)と上位にいました。ウィーン・フィルの定期公演では、1950年代以降は2000年代(8位)を除いて16位から26位にとどまります。ウィーン・フィルの楽員はウィーン国立歌劇場のオーケストラの楽員でもあり、ワーグナーの楽劇は歌劇場で演奏するため、定期公演の曲目に入りにくいのだと考えられます。
ブルックナーは反対です。ウィーン・フィルの定期公演では1940年代から2010年代まで4.2〜8.8%(3〜7位)を占める常連でしたが、N響の定期公演では最も高い1980年代でも2.5%で、順位は12位以下でした。
チャイコフスキーは、N響では全公演と定期公演で姿が変わります。全公演では1926年からの通算で6.5%を占め、ベートーヴェン、モーツァルトに次ぐ3位です。定期公演だけにすると通算3.9%(6位)で、1930年代から2010年代までの各年代は3.1〜5.0%でした。チャイコフスキーの曲は、定期公演よりも名曲を集めた公演や地方公演で多く演奏されてきたことになります。
N響の記録では、日本人の作曲家は英語表記の姓が大文字で書かれています(TOYAMA, Yuzo など)。この書き方をもとに、定期公演の曲のうち日本人作曲家の曲の割合を調べました。
| 年代 | 日本人作曲家の曲 | 定期公演の曲 | 割合 |
|---|---|---|---|
| 1930年代 | 6 | 587 | 1.0% |
| 1940年代 | 65 | 634 | 10.3% |
| 1950年代 | 24 | 790 | 3.0% |
| 1960年代 | 58 | 971 | 6.0% |
| 1970年代 | 98 | 1,610 | 6.1% |
| 1980年代 | 74 | 1,676 | 4.4% |
| 1990年代 | 34 | 1,614 | 2.1% |
| 2000年代 | 38 | 1,530 | 2.5% |
| 2010年代 | 36 | 1,443 | 2.5% |
| 2020年代 | 20 | 873 | 2.3% |
最も高かったのは1940年代の10.3%で、1960〜70年代は6%前後、1990年代以降は2%台で推移しています。日本人で英語表記の姓が大文字になっていない例があれば、その分は入っていないため、割合は少なめに出ている可能性があります。
都響の定期公演の記録は1965年からです。1960年代は52曲しかないため、1970年代から比べました。
| 年代 | 都響定期の曲数 | N響×都響 | ウィーン・フィル×都響 | ウィーン・フィル×N響 |
|---|---|---|---|---|
| 1970年代 | 317 | 0.57 | 0.42 | 0.66 |
| 1980年代 | 500 | 0.78 | 0.55 | 0.62 |
| 1990年代 | 516 | 0.74 | 0.63 | 0.63 |
| 2000年代 | 503 | 0.66 | 0.64 | 0.65 |
| 2010年代 | 480 | 0.58 | 0.67 | 0.61 |
| 2020年代 | 283 | 0.52 | 0.51 | 0.64 |
1980年代と1990年代は、3つの組み合わせのうちN響と都響が最も近く、順位相関は0.78と0.74でした。同じ東京の楽団どうしが似た曲目を組んでいた時期です。2010年代になると、都響はN響(0.58)よりもウィーン・フィル(0.67)に近くなりました。この年代の都響の定期公演では、ブラームス、モーツァルト、ショスタコーヴィチ、マーラー、ブルックナーが上位に並んでいます。2020年代(2026年9月まで)の都響の定期公演では、ショスタコーヴィチが6.4%で1位でした。

出典:両楽団の公式の演奏記録、国籍は Wikidata をもとに日本財務戦略センター集計
指揮者は定期公演に限らず、全公演で見ています。N響の記録を公演ごとにまとめると9,761公演で、指揮の延べ回数は9,896回、名前の分かる指揮者は462人でした。国籍は主に Wikidata の登録から付け、国籍が分かった指揮の延べ回数を分母にしています(分からなかったのは延べの1.0%)。
| 年代 | N響:外国人指揮者の割合 | N響:ドイツ語圏の指揮者の割合 | ウィーン・フィル:オーストリア以外の指揮者の割合 |
|---|---|---|---|
| 1950年代 | 78.1% | 59.1% | 62.3% |
| 1960年代 | 52.6% | 27.9% | 47.1% |
| 1970年代 | 49.4% | 33.7% | 63.7% |
| 1980年代 | 58.3% | 40.5% | 84.9% |
| 1990年代 | 70.1% | 37.7% | 96.1% |
| 2000年代 | 81.9% | 34.2% | 87.5% |
| 2010年代 | 76.9% | 17.5% | 88.0% |
| 2020年代 | 59.0% | 9.1% | 89.2% |
N響の外国人指揮者の割合は、1950年代に78.1%まで上がったあと、1960〜70年代は5割前後に下がり、2000年代に81.9%で最も高くなりました。年ごとでは2001年の91.6%(119回中109回)が最も高く、新型コロナウイルスの入国制限が続いた2021年は31.4%(121回中38回)まで下がり、2025年には81.0%(121回中98回)に戻っています。
この割合を大きく動かしているのは、音楽監督や常任の指揮者が誰かです。2000年代はシャルル・デュトワが142回、ウラディーミル・アシュケナージが80回振っており、2人で外国人の指揮の延べ937回の23.7%を占めます。日本人の指揮者が中心だった1960年代後半から70年代前半は外国人の割合が下がり、外国人の音楽監督が続いた時期は上がる、という形で上下してきました。
国の内訳も変わりました。ドイツ、オーストリア、スイスのドイツ語圏の指揮者は、国籍が分かった指揮のうち2000年代には34.2%でしたが、2020年代には9.1%になっています。代わりに増えたのは、ロシア・旧ソ連、米国、エストニアなどの指揮者です。
ウィーン・フィルでは、国籍にオーストリアを含まない指揮者の割合が1920年代の30.1%から1990年代の96.1%まで上がり、2000年代以降は87〜89%で推移しています。N響のように上下を繰り返すのではなく、ほぼ一方向に上がってきました。
指揮者の国籍の分布が、国の経済の大きさと関係しているかも調べました。年代ごとに、その楽団で1回以上指揮した国について、指揮の延べ回数と、その国のGDPが世界に占める割合の順位相関をとっています。GDPは世界銀行の統計を使いました。
| 年代 | ウィーン・フィル(オーストリアを除く) | N響(日本を除く) |
|---|---|---|
| 1960年代 | 0.59(p=0.074) | 0.29(p=0.53) |
| 1970年代 | 0.49(p=0.079) | 0.52(p=0.071) |
| 1980年代 | 0.54(p=0.068) | 0.30(p=0.26) |
| 1990年代 | 0.57(p=0.006) | 0.20(p=0.41) |
| 2000年代 | 0.74(p<0.001) | 0.28(p=0.18) |
| 2010年代 | 0.49(p=0.015) | 0.33(p=0.065) |
| 2020年代 | 0.55(p=0.012) | 0.20(p=0.34) |
ウィーン・フィルでは1990年代以降、経済の大きい国の指揮者ほど多く指揮しているという関係が、統計的に意味のある水準(p<0.05)で続いています。N響(日本を除く)では、どの年代でもこの水準に届きませんでした。1960〜80年代はソ連や東欧のいくつかの国のGDPが世界銀行の統計に無く、その国の指揮者が相関の計算から外れています。
日本自身の経済と、N響の外国人指揮者の割合も比べました。年ごとの値で見ると、日本の名目GDP(米ドル)とは順位相関0.54、円の対ドル相場とは−0.58で、「日本が豊かで円が強い年ほど外国人が多い」ように見えます。ところが前の年からの変化どうしで比べると、相関は−0.004と0.07で、ほとんど関係がありません。為替は FRED の系列を使いました。1970年代から2000年代にかけて、日本の所得と円高と外国人の割合がそろって上がった長い流れを見ているだけで、年ごとの景気や為替の動きに合わせて招く指揮者が変わったわけではない、と読めます。
ウィーン・フィルとN響の定期公演の曲目は、1970年代から順位相関0.6台で似通った状態が続いています。どちらもベートーヴェンとモーツァルトが柱で、違いはワーグナー(N響で多い)とブルックナー(ウィーン・フィルで多い)に表れます。指揮者では、ウィーン・フィルの地元以外の指揮者がほぼ一方向に増えたのに対し、N響の外国人の割合は音楽監督や常任が誰かで上下してきました。
数字を読むときの注意を挙げておきます。
Q. N響で最も多く演奏された作曲家は誰ですか。
ベートーヴェンです。N響の演奏記録アーカイブに載っている1926年10月から2026年6月までの全公演で演奏された曲30,505曲(作曲家が特定できたもの)のうち、3,795曲(12.4%)がベートーヴェンでした。2位はモーツァルト(2,560曲・8.4%)、3位はチャイコフスキー(1,971曲・6.5%)です。
Q. N響で最も多く演奏された曲は何ですか。
ベートーヴェンの交響曲第9番で、全曲の演奏が459回ありました(楽章だけの演奏が別に10回あります)。次いでベートーヴェンの交響曲第5番が435回、ブラームスの交響曲第1番が407回、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」が388回です。曲名の書き方の違いで1曲にまとめきれていない分があり得るため、回数は少なくともこれだけある、という下限です。
Q. N響の指揮者のうち、外国人はどれくらいですか。
国籍が分かった指揮の延べ回数に占める外国人の割合は、10年ごとでは2000年代の81.9%が最も高くなっています。年ごとでは、新型コロナウイルスの入国制限が続いた2021年に31.4%まで下がり、2025年には81.0%でした。
Q. N響とウィーン・フィルの曲目は似ていますか。
定期公演どうしで比べると、よく演奏する作曲家40人の割合の順位相関は、1920〜60年代の0.24〜0.44から1970年代に0.66へ上がり、その後2020年代まで0.61〜0.66で安定しています。どちらもベートーヴェンとモーツァルトが中心で、違いはワーグナーとブルックナーの割合に出ます。
Q. 日本ではチャイコフスキーがよく演奏されているのですか。
N響の全公演では、チャイコフスキーはベートーヴェン、モーツァルトに次ぐ3位で、曲の6.5%を占めます。ただし定期公演だけで見ると3.9%(6位)で、1930年代から2010年代までの各年代は3.1〜5.0%でした。名曲を集めた公演や地方公演で多く演奏されてきた作曲家です。
記事で使った集計表は、次のCSVでダウンロードできます(文字コードはUTF-8)。
<a href="https://ai.jfsc.jp/research/vienna-nhk-repertoire/">ウィーン・フィルとN響の100年 ── 定期公演の曲目と指揮者は、どう変わってきたのか|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「ウィーン・フィルとN響の100年 ── 定期公演の曲目と指揮者は、どう変わってきたのか」(2026年10月4日) https://ai.jfsc.jp/research/vienna-nhk-repertoire/1つの公演で演奏された1曲を1件としました。同じプログラムを複数日演奏した場合は日ごとに1件です。楽章だけの演奏、序曲だけの演奏も1件に入ります。ウィーン・フィルの記録で作曲家が「unbekannt(不明)」のもの、N響の記録で作曲家が空欄・不明のものは除きました。
姓の綴りの違い(ドイツ語式・英語式・ロシア語の転写の違い)を代表の綴りに寄せ、同じ姓の家族(バッハ、シュトラウス、モーツァルト、ハイドンなど)は名で分けました。ヨハン・シュトラウス2世とリヒャルト・シュトラウスは別人として扱っています。複数の作曲家の名前が並ぶ曲は、最初の名前に入れました。都響の日本語の作曲家名は、N響の記録の日本語と英語の対訳を使って同じ作曲家に寄せ、寄らなかった99曲は割合の計算から外しています。
ウィーン・フィル:公演名に「Subscription Concert」を含む公演と、1842〜59年の「Philharmonic Concert」。N響:「第◯回 定期公演」「◯年◯月定期公演」「日響定期大演奏会」(プロムナードを除く)。都響:シリーズ名が「定期」で始まり、中止になっていない公演。
年代ごとに、2つの楽団それぞれの作曲家の割合を足し合わせて上位40人を選び、その40人について2つの楽団の割合のスピアマンの順位相関をとりました。どちらかの楽団の曲が200曲に満たない年代(3楽団の比較では都響が100曲に満たない年代)は除いています。上位40人を「割合の和」ではなく「曲数の和」で選ぶと、曲数の多いN響に寄った選び方になり、ウィーン・フィルとN響の値は年代によって−0.02〜+0.08変わります(1970年代以降は0.64〜0.67で、0.6台で安定していることは変わりません)。
N響は、指揮者の欄を公演ごとにまとめ、名前の表記の違いを寄せてから、Wikidata の国籍の登録を付けました。漢字・かなで書かれた名前は日本の指揮者とし、外国式の表記の日系の指揮者は外国人としています。Wikidata で確かめられなかった5人(延べ22回)は公開情報から国籍を補いました。ウィーン・フィルも同じ方法で Wikidata の国籍を付けています。N響では、国籍に日本を含む指揮者を日本人、含まない指揮者を外国人としました。ウィーン・フィルでは、国籍にオーストリアを含まない指揮者を「オーストリア以外」としています。N響のドイツ語圏の割合は、外国人のうちドイツ・オーストリア・スイスの国籍を持つ指揮者の延べ回数(複数の国籍を持つ人は国籍の数で按分)を、国籍が分かった指揮の延べ回数(日本人を含む)で割ったものです。
国ごとのGDPの世界シェアは世界銀行の名目GDP(米ドル)から計算しました。日本の名目GDP・1人当たりGDPは世界銀行、円の対ドル相場と対マルク相場(1999年以降はユーロを1.95583で換算)は FRED の系列です。年ごとの相関は、水準どうしと、前の年からの変化どうしの両方で計算しました。
本稿は、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、NHK交響楽団、東京都交響楽団がそれぞれ公開している演奏記録を、日本財務戦略センターが集計・分析したものであり、各楽団・指揮者・演奏の評価ではありません。
作曲家の名前の寄せ方や定期公演の範囲は機械的な規則によるもので、各楽団の公式の統計とは一致しない場合があります。指揮者の国籍は Wikidata の登録に基づいています。
読み取りや名寄せの誤りが含まれている可能性があります。お気づきの点がありましたら、お問い合わせよりご連絡ください。速やかに確認のうえ対応いたします。