クラシック音楽の調査の一覧(オーケストラ・コンクール・楽器の値段・アマチュアの調査)

高知県の木で作られたヴァイオリンが、2026年9月に地元のテレビで紹介されました。表板に魚梁瀬杉、裏板にミズメザクラを使い、四万十町の工房が作ったもので、作り手はイタリア・クレモナの名工ジョ・バッタ・モラッシーに師事した人だと紹介されています(RKC高知放送)。クレモナは、映画『耳をすませば』で天沢聖司が修業に向かった街です。
「巨匠に師事」という一行は、日本の楽器店の作家紹介でよく目にします。では、その一行は楽器の値段にどれだけ表れているのでしょうか。日本財務戦略センターは、モラッシーの弟子91人の名簿を作り、世界の楽器店の店頭価格、製作コンクールの全順位、オークションの落札記録と突き合わせました。比べたのは、師匠の名前、コンクールでの順位、一家や一門の看板の3つです。
調べた範囲では、師匠の名前は弟子の値段にほとんど表れていませんでした。値段とはっきり結び付いていたのは、コンクールでの順位と、一家の工房の看板、そしてクレモナにとどまって売り続けているかどうかです。
<a href="https://ai.jfsc.jp/research/violin-maker-value/">ヴァイオリン製作家の価値は何で決まるのか──入賞歴、師匠の名前、一門の大きさ(製作コンクール368人と、巨匠モラッシー門下91人のその後)|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「ヴァイオリン製作家の価値は何で決まるのか──入賞歴、師匠の名前、一門の大きさ(製作コンクール368人と、巨匠モラッシー門下91人のその後)」(2026年10月4日) https://ai.jfsc.jp/research/violin-maker-value/モラッシーの弟子は、本人や紹介文の経歴に「モラッシーに師事」「モラッシーの工房で修業」と書かれている作家を、イタリア語・英語・日本語・中国語・ドイツ語の資料から集めました。ページを開いて文言を確かめた88人に、確かめられなかった3人を加えた91人です(付録A)。
値段は、日本財務戦略センターが2026年8月から集めている世界の楽器店の店頭価格(本人が作ったと店が示しているヴァイオリン4,563本)を使いました。付加価値税や消費税を抜き、円に直した額です。工房の職人が作る普及版(工房ライン)と、ヴィオラ・チェロ・小型の楽器は除いています。作家ごとに中央値を取り、作家の数で比べました。
製作コンクールは、ドイツのミッテンヴァルト(国際ヴァイオリン製作コンクール)、ポーランドのポズナン(ヘンリク・ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン製作コンクール)、クレモナのトリエンナーレ(歴代の金賞)、米国ヴァイオリン協会(VSA)の公表結果1,532行を集めました。このうち、入賞しなかった人まで順位が載っている6回(ミッテンヴァルト2010・2014・2018・2022年、ポズナン2011・2016年)の368人で、順位とその後の値段を比べています(付録B)。
落札は、Tarisioが公開しているCozioの記録(ヴァイオリンの落札5万件余り)を使いました。年ごとの相場の上げ下げを消すため、同じ年に落札された20世紀生まれのイタリアの作家の中央値で割った「相場比」で見ています。
現役の作家の値段は、生の金額ではなく、前回の調査「バイオリンの値段は、何で決まるのか」で使った価格グレード(A=10万円未満、B=10万〜30万円、C=30万〜70万円、D=70万〜150万円、E=150万〜300万円、F=300万〜500万円、G=500万〜1,000万円)で示します。グレードは観測時点の掲載価格の帯であり、評価額でも取引価格でもありません。
ジョ・バッタ・モラッシー(1934〜2018年)は、戦後のクレモナで製作の復興を担った一人です。国際コンクールで金メダルを10個受け、1971年から1983年までクレモナ国際製作学校で主任として教え、イタリア製作家協会の創設に加わりました(The Strad)。2018年に亡くなった後、工房は息子のシメオーネ(1966年生まれ)が率いています(工房のサイト)。甥のジョヴァンニ・バッティスタ(1969年生まれ)は叔父の工房で長く修業した後、クレモナ郊外で製作しています(同)。孫のジュリオ(1997年生まれ)は、2019年に北京の中央音楽院のヴァイオリン製作の専門課程に学生として通いました(同)。モラッシーの中国の弟子の紹介ページにも、長孫が製作を学ぶ学生として中国に来たと書かれています。祖父が教えた弟子の国へ、今度は孫が学びに行ったことになります。
弟子91人の内訳は、イタリア44人、日本11人、その他の国21人(フランス、中国、ロシア、韓国、米国など)、国が分からない人15人です。学び方では、学校で習った人と、学校とは別に欧州の補助で開かれていた卒業生向けの実習工房で習った人がいます。中国の弟子には、帰国後に北京で製作教育を率いた人がいます。
この名簿には限界があります。経歴に師匠の名前を書き、今も作品が店に並んでいる人しか拾えません。学校で習ったあと製作をやめた人や、経歴を公開していない人は入っていません。クレモナの国立文書館には、製作学校の入学・卒業の登録簿(1960〜90年代)が残っていますが(目録)、公開はされていません。
クレモナに住む作家で、店頭価格が分かる78人(モラッシー家を除く)を、門下とそれ以外に分けました。
表1 クレモナに住む作家の店頭価格(作家ごとの中央値の中央値。税抜き)
| 作家 | 中央値 | 安い側4分の1の線 | |
|---|---|---|---|
| モラッシーの門下 | 18人 | 229万円 | 195万円 |
| 門下でない作家 | 60人 | 220万円 | 141万円 |
本記事の内容は、出典リンクつきでご自由に引用いただけます(CC BY 4.0・出典に「株式会社日本財務戦略センター(JFSC)」の名称を明記)。コピー用の引用タグは ページ冒頭の枠 にあります。
中央値はほとんど同じです。違うのは安い側で、門下には安い値段で売られる作家が少なくなっています。師匠の名前で値段の上がり方は変わりませんが、値崩れしにくい、という差はあるのかもしれません。
ほかの師匠でも比べました。経歴に師匠の名前がある作家のうち、店頭価格のデータが2本以上ある作家を、師匠ごとにまとめています。
表2 師匠ごとの弟子の店頭価格(弟子3人以上の師匠。一人で複数の師匠を挙げる弟子は、それぞれの師匠に入れています)
| 師匠 | 弟子 | 弟子の中央値 |
|---|---|---|
| フランチェスコ・ビッソロッティ | 4人 | 360万円 |
| クラウディオ・アミゲッティ | 3人 | 292万円 |
| アレッサンドロ・ヴォルティーニ | 4人 | 281万円 |
| ジョ・バッタ・モラッシー | 15人 | 228万円 |
| シメオーネ・モラッシー | 3人 | 220万円 |
| ジョルジョ・スコラーリ | 11人 | 200万円 |
| マッシモ・ネグローニ | 9人 | 192万円 |
| ヴァンナ・ザンベッリ | 7人 | 180万円 |
| ステファノ・コニア | 10人 | 144万円 |
モラッシーの門下は真ん中です。一番高いビッソロッティの弟子には、ビッソロッティ家の工房とその周辺の作家が多く、師匠の名前というより一家の工房の値段が出ています。一番低いコニアは、今も製作学校で教えている先生で、弟子は若い世代が中心です。師匠の違いに見える差の多くは、一家の工房かどうかと、弟子の世代の違いで説明できます。
日本に戻った作家の店頭価格を、師匠との関係で並べました。いずれも楽器店の商品ページで確かめた、店頭表示(税込)のグレードです。
表3 日本の作家の店頭価格のグレード(2026年10月時点)
| 作家 | モラッシーとの関係 | グレード |
|---|---|---|
| 髙橋尚也 | 直弟子(紹介文による) | D |
| 橋本剛俊 | 直弟子(学校を出たあと師事) | D |
| 國津瑠美 | 孫弟子(直弟子ニコラ・ラッツァーリに師事) | D |
| 山本耕司 | 孫弟子(直弟子の岩井孝夫に師事) | D |
| 石井秀太郎 | 関係なし(ローマでポッジ系の作家に師事) | D |
| 高橋明 | 孫弟子(直弟子サンドロ・アジナーリのもとで研修) | E |
| 菊田浩 | 孫弟子(直弟子のマルキとラッツァーリに師事) | E |
直弟子も孫弟子も、関係のない作家も、日本の店頭ではDかEに並んでいます。クレモナに住む作家の真ん中(約220万円)はEの中ほどで、日本に戻った作家の多くはその一段下でした。D とEを分けているのは、師匠との近さではなく、クレモナで工房を持って実績を重ねた期間や、コンクールでの成績のように見えます。
大木裕子『クレモナのヴァイオリン工房』(文眞堂、2008年)は、クレモナの製作者70人へのアンケートをもとに、製作者の約8割がディーラーに楽器を卸していること、ディーラーは「イタリア人製作者のラベルのほうが売りやすい」と考えてイタリア人の楽器を優先して買い付けること、外国人の製作者は自国の演奏家やディーラーへの販路を自分で開いてきたことを書いています。クレモナにとどまって売り続けられるかどうかは、ディーラーの網に入れるかどうかでもあります。
一家で製作している工房の楽器は、クレモナの作家の真ん中より一段か二段上にあります。
表4 一家の工房(店頭価格は本人作の値段つきの行。棚の本数は、値段を出していない「お問い合わせ」や販売済みの行も含めた、公開の店頭で確認できた本数)
| 一家 | 店頭価格のグレード | 棚の本数(うち値段なし) | 店 | 日本の店の割合 |
|---|---|---|---|---|
| モラッシー家(クレモナ) | F | 25本(13本) | 10店 | 84% |
| ビッソロッティ家(クレモナ) | G | 19本(8本) | 9店 | 84% |
| ヴェットーリ家(フィレンツェ) | F | 23本(6本) | 10店 | 43% |
| コニア父子(クレモナ) | E | 37本(14本) | 10店 | 73% |
日本財務戦略センターが集めている店頭価格は日本の店に厚く、どの一家でも日本の割合は高めに出ます。それでも、ヴェットーリ家は米国・英国・豪州などにも散っていて、販路が最も広い一家です。モラッシー家は棚の半分以上で値段を出しておらず、値段で並べると小さく見えます。棚の本数は「出回っている量」ではなく、公開の店頭で確認できた本数の下限です。
一家の看板の効き方が見えるのが、モラッシーの甥です。甥のコンクールの成績は3位や銀賞、スクロールの彫りの賞で、金メダルを4つ受けている息子のシメオーネより一段下です。それでも店頭価格は、甥がF、シメオーネがGの下の方で、大きくは離れていません。
入賞しなかった人まで順位が分かる6回の368人を、最も良かった順位で4つに分け、今の店頭価格と比べました。
表5 製作コンクールの順位と、その後の店頭価格(ミッテンヴァルト2010〜2022年・ポズナン2011・2016年。順位は回ごと・楽器ごとの順位を出場者数で割った位置)
| 順位 | 作家 | 店頭価格が分かる作家 | 中央値 |
|---|---|---|---|
| 上位10% | 39人 | 5人 | 249万円 |
| 10〜25% | 61人 | 3人 | 240万円 |
| 25〜50% | 91人 | 9人 | 200万円 |
| 下半分 | 177人 | 22人 | 153万円 |
上の順位ほど値段が高く、順位と値段の順位相関は−0.41(39人)でした。店頭価格のデータが2本以上ある作家に絞ると−0.52(19人)です。ミッテンヴァルトの回だけで見ても、同じ向きでした。師匠の名前ではほとんど差が出なかったのと比べると、コンクールの順位の方が、はるかに値段と結び付いています。
ただし、上位の作家ほど公開の店頭には出てきません。トリエンナーレ・ミッテンヴァルト・ポズナンの金賞・1位の作家のうち、店頭で1本でも見つかったのは3〜4割で、見つかった本数の4割前後は値段を出していませんでした。上の作家は、店を通さず注文で売っていることが多いと考えられます。上位の作家の値段は、表の数字より高い可能性があります。
経歴が手元にある作家について、出場した回を経歴に書いているかを見ると、上位10%の作家は約4割が書き、10〜50%の作家は約1割、下半分の作家はほとんど書いていませんでした。中ほどの作家の書き方には、3つの形がありました。
どれも事実を書いていて、誤りはありません。ただ、経歴の「受賞」「入賞」には重みの違いがあります。ポズナンの本選に残るのは出場者の1〜2割(2011年は120挺中10挺、2016年は65挺中11挺)で、「ファイナリスト」はそれなりの成績です。一方、米国ヴァイオリン協会の優秀賞の証書(Certificate of Merit)は、ヴァイオリン部門だけで毎回8〜24枚出ています。経歴を読むときは、メダルか、本選か、証書かを分けて読む必要があります。
モラッシー本人の楽器のオークションの落札を、亡くなる前と後で比べました。
表6 ジョ・バッタ・モラッシー本人のヴァイオリンの落札(Cozioの記録。相場比=同じ年の20世紀生まれのイタリアの作家の落札の中央値に対する倍率)
| 時期 | 落札 | 相場比の中央値 |
|---|---|---|
| 亡くなる前の10年(2008〜2017年) | 14件 | 2.48倍 |
| 亡くなった後(2019〜2026年) | 10件 | 2.35倍 |
亡くなった後も、相場比はほとんど変わっていません。相場比が大きく上がったのは、亡くなる数年前の2011〜2015年で、2015年の落札には相場の4.6倍のものがありました。名目の落札額は亡くなった後の方が高くなっていますが、相場全体も上がっています。巨匠の値段は、亡くなったときに跳ねるのではなく、晩年に評価が固まった時点でほぼ上がりきっていた、という形です。再開発の完成時がマンションの値段の山になるのと似ています。
息子や甥の楽器は、オークションにはほとんど出ていません。Cozioの記録では、ビッソロッティの息子やスクロッラヴェッツァの娘でも1人1〜4件で、モラッシーの息子と甥は1件もありませんでした。二次市場で相場ができるには数が要り、跡継ぎの値段の動きはまだ見えません。
親方の名前は、弟子が経歴で語ることで次の世代に残ります。Cozioに落札がある20世紀のイタリアの作家のうち、1860〜1960年生まれで、亡くなっていて、相場比を出せる落札が5件以上ある80人について、今の作家の経歴に「師匠」として名前が出てくる本数と、落札の相場比を比べました。
表7 今の作家の経歴に師匠として名前が出る本数と、落札の相場比(親方80人)
| 経歴に名前が出る本数 | 親方 | 相場比の中央値 |
|---|---|---|
| 0本 | 54人 | 1.29倍 |
| 1〜4本 | 16人 | 2.41倍 |
| 5本以上 | 10人 | 2.61倍 |
弟子に名前を語られている親方ほど、楽器は高く落札されていました(順位相関+0.45。最も高いアンサルド・ポッジを除いても+0.43)。亡くなった時期で分けても同じ向きです。
ただし、向きは分かりません。弟子に語られるから値段が保たれるのか、もともと腕と評判のある親方のもとに弟子が集まり、その弟子が名前を書くのか。後者の方が自然だと考えられます。今クレモナの製作学校で教えている先生には、経歴に名前が出る弟子が20人を超える人が複数いますが、その先生たち自身の楽器は、店頭ではクレモナの作家の真ん中かその一段上、オークションの落札では相場並みかそれ以下です。弟子が多いことが、先生の値段を押し上げているわけではありません。モラッシーの弟子が多いのは、腕と評判に加えて、学校の先生が少なかった1970〜80年代に主任を務めていたことも関係していると思われます。
Cozioの記録で何百年も値段が付き続けている名前を見ると、ロンドンのW. E. ヒル&サンズ(3,000件超)、ミッテンヴァルトのノイナー&ホルンシュタイナー、フランスのバザン家、ガン&ベルナルデルなど、店や一家の名前が目立ちます。日本の楽器店には「ビソロッティ派」と書いて売られている楽器がありましたが、「モラッシー派」という書き方は見つかりませんでした。
工房が弟子の仕事をどう売るかには、3つの形がありました。
1つ目は、弟子が作った楽器も親方の名前で売る形です。クレモナのエドガー・ルスは、本人の楽器をGの帯で直販する一方、工房の職人が作る普及版を「ラボ」「ライン」の名でCの帯(30万〜70万円)で出しています。普及版が数多く出回っても、本人の楽器の値段は下がっていませんでした。ストラディヴァリの工房でも、晩年には息子たちの手が入った楽器がアントニオの名前で出ていると言われています。価値が親方の名前に集まる一方、作った弟子の名前は残りません。
2つ目は、弟子の名前を出し、工房が後ろ盾になる形です。クレモナのある製作者は、弟子が作った楽器の証明書に「私の弟子〇〇が、私の指導のもとで製作した」と書いています。日本の店でも「シメオーネ・モラッシーの工房から届いた」と弟子の名前で売られている楽器がありました。弟子は工房にいるうちから自分の名前で棚に並び、独立したときには顧客と実績を持っています。
3つ目は、独立した弟子が自分の経歴で師匠の名前を語る形です。学校で教える先生の弟子の多くがこれにあたります。
売り方の違いは、作家や工房の発信にも表れています。主な作家と工房の公開アカウントを、ログインせずに見られる画面の数字で調べました(2026年10月4日時点。「万」の数字は画面の丸めた表記どおりです)。
表8 作家・工房とクレモナの機関の公開アカウント(本人・本工房と確認できたもの)
| 作家・工房・機関 | YouTube 登録者(動画の本数・始めた年) | Instagram フォロワー |
|---|---|---|
| エドガー・ルス(クレモナ) | 3.32万人(629本・2011年〜) | 6,468人 |
| ソフィア・ヴェットーリ(フィレンツェ) | 3,900人(398本・2022年〜) | 4.2万人 |
| ヴェットーリ家の工房 | 314人(26本・2013年〜) | 2.5万人 |
| マウリツィオ・タディオーリ(クレモナ) | 21人(18本・2016年で更新なし) | 1.5万人 |
| サンドロ・アジナーリ(クレモナ) | ― | 9,917人(TikTok 7,912人) |
| マルコ・オジオ(クレモナ) | 1,370人(43本・2023年〜) | 4,458人 |
| 菊田浩(日本) | 1,610人(203本・2009年〜) | 7,944人 |
| ヴァイオリン博物館(クレモナ) | 1.44万人(262本) | 1.5万人 |
| クレモナの製作者協会(コンソルツィオ) | 218人(2013年で更新なし) | 2,675人 |
工房一つのチャンネルが、街の博物館や製作者協会より多くの人を集めています。エドガー・ルスの最も見られた動画は2011年の工房紹介で、41万回を超えています。ルスのチャンネルでは、工房の職人や独立した元弟子を名前つきで紹介する回もあり、親方の名前で人を集めながら、弟子にも顔を与える形になっています。ヴェットーリ家も、家族一人ひとりの名前で製作の様子を出しています。表4で販路が最も広かったのは、このヴェットーリ家でした。
一方、モラッシー家とビッソロッティ家は、工房のサイトにSNSへのリンクがなく、本人のものと確かめられたアカウントは、モラッシーの孫ジュリオのInstagram(879人)だけでした。製作学校で教える先生たちの多くも、公開の発信はほとんどしていません。それでも、この二つの家の楽器は店頭でFやGの帯にあります。ディーラーの網で売る従来の道と、動画やSNSで買い手と直接つながる新しい道の、どちらでも同じ値段の帯に届いているということです。
新しい道は広がっています。ソフィア・ヴェットーリが動画を始めたのは2022年、マルコ・オジオは2023年で、どちらも始めてから数年で、長く発信してきた作家に並ぶ数を集めています。ただし、フォロワーの数と楽器の売れ行きや値段の関係は、この調査では確かめていません。数字は2026年10月4日時点のもので、本人が運営していることを確かめられなかったアカウントは除いています。
1995年公開の映画『耳をすませば』では、天沢聖司がヴァイオリン職人を目指してクレモナへ向かいます。映画のスタッフの一覧には、バイオリンの取材先として、茶位幸信バイオリン・ギター工房の名前があります(Wikipedia「耳をすませば」)。
大木裕子の前掲書のアンケートでは、回答したクレモナの製作者70人のうち26人(37%)が日本人で、著者自身が異例の比率だと書いています。本文で取り上げた菊田浩や高橋明も、2000年前後にクレモナへ渡った世代です。映画の舞台となった東京・聖蹟桜ヶ丘には、クレモナで学びエドガー・ルスの工房で働いた藤井大樹が工房を開き、2020年からジブリパークの「地球屋」のバイオリン工房の監修を務めています(本人の紹介)。
Googleの検索の動きを見ると、過去5年で「耳をすませば」の検索が大きく増えた週(テレビ放送や実写版の公開の時期。4回)のうち2回で、作中の店「地球屋」の検索が平常の1.7〜2.3倍に増え、「天沢聖司」も3回でわずかに増えていました。一方、「クレモナ」の検索は、その4回のどの週にも目立って増えていませんでした(「クレモナ」には同じ名前の繊維の商品名も含まれます)。「バイオリン職人」の検索が増えたのは2022年の2回だけです。映画で広く知られたのは「聖司がイタリアへ修業に行った」ところまでで、クレモナの名前は、言われれば思い出す、という程度にとどまっているようです。
物語の看板だけでは値段は付きません。茶位幸信の工房のヴァイオリンは、中古市場ではAの帯(10万円未満)で取引されることが多く、店頭で見つかった1本もBの帯で、初心者向けの楽器として並んでいました。映画は人の記憶を呼び起こす入口にはなりますが、楽器の値段を支えているのは、本文で見たコンクールの成績や一門の看板、そして市場に出回る数の方です。
ヴァイオリン製作家の値段は、師匠の名前ではほとんど変わっていませんでした。モラッシーの門下でもそうでなくても、クレモナに住む作家の真ん中は220万〜230万円です。値段と結び付いていたのは、製作コンクールでの順位(上位10%と下半分で約1.6倍)、一家の工房の看板(クレモナの真ん中より一段か二段上)、クレモナにとどまって売り続けているか(日本に戻った作家の多くは一段下)の3つでした。
親方の名前は、弟子に語られ続けている親方ほど高く落札されていますが、それは腕と評判のある親方のもとに弟子が集まった結果と見る方が自然です。巨匠の値段は、亡くなる前、晩年に評価が固まった時点でほぼ上がりきっていました。名前を次の時代に残すのは、師匠から弟子への系譜よりも、店や一家の看板と、市場で値段が付き続けるだけの作品の数の方のようです。
この調査には限界があります。店頭価格は公開されている分だけで、日本の店に偏っています。上位の作家ほど店頭に値段を出さず、表の数字は低めに出ている可能性があります。経歴は本人が書くもので、すべてを書いているとは限りません。作家の数が少ない区分は、傾向として読んでください。
Q. 有名な師匠に習った作家のヴァイオリンは高いですか。
調べた範囲では、ほとんど変わりませんでした。クレモナに住む作家78人のうち、巨匠ジョ・バッタ・モラッシーの門下18人の店頭価格の中央値は229万円、門下でない60人は220万円でした(税抜き)。門下には安い値段で売られる作家が少ない、という違いはありました。
Q. 製作コンクールの入賞は、ヴァイオリンの値段に関係しますか。
関係していました。入賞しなかった人まで順位が分かるミッテンヴァルトとポズナンの6回・368人では、上位10%の作家の店頭価格の中央値が249万円、下半分が153万円で、順位と値段の順位相関は−0.41でした。ただし上位の作家ほど店頭に値段を出さず、注文で売ることが多いようです。
Q. 経歴の「コンクール入賞」「ファイナリスト」は、どう読めばよいですか。
重みが大きく違います。ポズナンの本選に残るのは出場者の1〜2割で、ファイナリストはそれなりの成績です。米国ヴァイオリン協会の優秀賞の証書は、ヴァイオリン部門だけで毎回8〜24枚出ています。中位の作家は、順位を書かずに「出場」「ファイナリスト」と書いたり、複数の部門のうち一番良かった部門だけを書いたりすることが多く見られました。
Q. 日本人の製作家のヴァイオリンは、いくらくらいですか。
本文で確かめた日本の作家7人は、日本の店頭(税込)で、70万〜150万円の帯と150万〜300万円の帯に分かれていました。クレモナに住む作家の中央値は約220万円(税抜き)で、日本に戻った作家の多くはその一段下でした。師匠との近さよりも、クレモナでの実績やコンクールの成績の方が、帯の違いと結び付いているように見えます。
Q. 巨匠が亡くなると、その楽器の値段は上がりますか。
モラッシーの場合、亡くなる前の10年と後で、相場に対する落札の倍率はほとんど変わりませんでした(2.48倍と2.35倍)。大きく上がったのは亡くなる数年前で、晩年に評価が固まった時点でほぼ上がりきっていました。
Q. 一家で製作している工房の楽器は高いですか。
クレモナのモラッシー家・ビッソロッティ家、フィレンツェのヴェットーリ家の楽器は、店頭で300万〜1,000万円の帯にあり、クレモナの作家の真ん中より一段か二段上でした。コンクールの成績が一段下の家族の楽器でも、一家の看板で近い帯に並んでいる例がありました。
Q. ヴァイオリン製作家は、YouTubeやSNSで発信していますか。
発信の多さは作家によって大きく違います。クレモナのエドガー・ルスのYouTubeは登録者3.32万人で、クレモナのヴァイオリン博物館(1.44万人)を上回ります。フィレンツェのソフィア・ヴェットーリのInstagramは4.2万人です。一方、モラッシー家やビッソロッティ家のように、公開の発信がほとんどないまま、店頭で高い帯に並んでいる一家もあります。
Q. 『耳をすませば』の聖司が修業に行った街はどこですか。
イタリア北部のクレモナです。ストラディヴァリやアマティが活動したヴァイオリン製作の街で、1938年に製作学校が開かれ、現在は世界中から作り手が集まっています。2008年に出版された研究書のアンケートでは、回答したクレモナの製作者の37%が日本人でした。
本人の経歴、楽器店や協会の作家紹介、百科事典の門下一覧などに、ジョ・バッタ・モラッシー(またはシメオーネ・モラッシー)が師・先生・工房として書かれている作家を、ページを開いて文言を確かめたものだけ載せました。88人(根拠の内訳:本人の経歴・紹介文62人/百科事典の門下一覧17人/助言・協力の記述6人/家族3人)。値段は載せていません。「師」の欄の Gio Batta は初代、Simeone は息子、unclear はどちらか書かれていないものです。
appendixA_morassi_students.csv(UTF-8 BOM付き)
| 作家 | 国 | 師 | 学び方 | 年(経歴の記載) | 根拠 | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| Giovanni Battista Morassi (nipote) | Italy | Gio Batta | 家族 | 1988-1992学校・その後叔父の工房 | 家族 | 出典 |
| Giulio Morassi | Italy | unclear | 家族 | 1997生 | 家族 | 出典 |
| Simeone Morassi | Italy | Gio Batta | 家族 | 1966生 | 家族 | 出典 |
| Alessandro Gambarin | Italy | Simeone | 記載なし | 助言・協力の記述 | 出典 | |
| Alessandro Menta | Italy | Gio Batta | 工房・実習工房 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 | |
| Alessandro Tossani | Italy | Gio Batta | 工房・実習工房 | 1981卒(Zambelli)・その後 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Alexander Krilov | Russia (Eisenach生) | Gio Batta | 学校 | 1973卒 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Andrea Panitz | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | ||
| Andrew Brown | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | ||
| Antonio Carriedo | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | ||
| Armou Rowan Brown | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | ||
| Bruce Carlson | USA | Gio Batta | 記載なし | 本人の経歴・紹介文 | 出典 | |
| Bruno Fulcini | Italy | Gio Batta | 工房・実習工房 | 2006〜 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Bruno Montagne | France | Gio Batta | 記載なし | 本人の経歴・紹介文 | 出典 | |
| Burritt Miller | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | ||
| Christian Rault | France | Gio Batta | 学校 | 〜1978 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Ciro Nuti | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | ||
| Corrado Belli | Italy | Gio Batta | 学校 | 1974入学・1978卒 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Corrado Cavalieri | Italy | Simeone | 記載なし | 助言・協力の記述 | 出典 | |
| Daniele Scolari | Italy | Gio Batta | 学校 | 1979卒 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Danilo Fiorentini | Italy | Gio Batta | 工房・実習工房 | 2002-2005 Morassi工房 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Dante Fulvio Lazzari | Italy | Gio Batta | 学校 | 1978入学 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Dario Occhipinti | Italy | Gio Batta | 学校と工房 | 1982卒・その後Bottega Scuola Cee | 本人の経歴・紹介文 | 保存版 |
| Davide Sora | Italy | Gio Batta | 学校 | 1978入学・1982卒 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Diego Alberto Serrano | Gio Batta | 工房・実習工房 | 1992卒・CEE 1992-1996 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 | |
| Emanuele Fabio Fortunato | Italy | Gio Batta | 記載なし | 助言・協力の記述 | 出典 | |
| Fabio Dalla Costa | Italy | Gio Batta | 工房・実習工房 | 1984卒・CEE 〜1988/1989 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Fabrizio Lazzari | Italy | Gio Batta | 学校 | 1979卒 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Fabrizio Portanti | Italy | Gio Batta | 工房・実習工房 | 1981卒・その後5年 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Federico Fiora | Italy | Gio Batta | 工房・実習工房 | 1990卒・C.E.E.〜1993 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Frederich Becker | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | ||
| Frédéric Beckert | France | Gio Batta | 学校 | 1975入学・4年 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Gao Tongtong | China | Gio Batta | 学校と工房 | Morassi工房5年 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Giorgio Cè | Italy | Gio Batta | 工房・実習工房 | 1967-1969 | 助言・協力の記述 | 出典 |
| Giorgio Scalmati | Italy | Gio Batta | 記載なし | 本人の経歴・紹介文 | 出典 | |
| Giorgio Scolari | Italy | Gio Batta | 学校と工房 | 1970卒・1970-1976 Morassi工房 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Guido Alberini | Italy | Gio Batta | 工房・実習工房 | 1987卒・bottega-scuola C.E.E. | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Guy Coquoz | Switzerland | Gio Batta | 記載なし | 1973〜クレモナ | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Hiromichi Kibayashi | Japan | Simeone | 工房・実習工房 | 2011卒・その後 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Igino Cislaghi | Italy | Simeone | 記載なし | 2020〜 | 助言・協力の記述 | 出典 |
| Juri Pociekin | Russia | Gio Batta | 記載なし | 本人の経歴・紹介文 | 出典 | |
| Kagiru Soeda | Japan | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | |
| Kim Juhwan | Korea | Simeone | 工房・実習工房 | 2024卒・現在 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Lee Seung-jin | Korea | Simeone | 工房・実習工房 | 2010卒・その後6年 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Leonidas Rafaelian | Armenia/Greece (アテネ生) | Gio Batta | 記載なし | 1991〜4年・1995卒 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Lorenzo Marchi | Italy | Gio Batta | 学校 | 1974入学・1978卒 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Lu Xiang | China | Gio Batta | 記載なし | 本人の経歴・紹介文 | 出典 | |
| Luc Deneys | Belgium | Gio Batta | 工房・実習工房 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 | |
| Luca Bellini | Italy | Gio Batta | 学校と工房 | 1988入学・1992卒・その後2年CEE | 本人の経歴・紹介文 | 保存版 |
| Lucia Valli | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | ||
| Luciano Bini | Italy | Gio Batta | 学校 | 1972卒 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Luigi Aquilino | Italy | unclear | 工房・実習工房 | CEE 8年・1995独立 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Luigi Varola | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | ||
| Lukyo Ozaky | Japan | Gio Batta | 記載なし | 本人の経歴・紹介文 | 出典 | |
| Mael Blot | Italy? | Gio Batta | 工房・実習工房 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 | |
| Marcelo Cigna | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | ||
| Marco Brunelli | Italy | Simeone | 記載なし | 2010〜 | 助言・協力の記述 | 出典 |
| Marco Osio | Italy | Gio Batta | 工房・実習工房 | 1994卒(Scolari)・その後 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Marine Loos | France | Simeone | 記載なし | 本人の経歴・紹介文 | 出典 | |
| Massimo Ardoli | Italy | Gio Batta | 学校 | 1982卒 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Massimo Negroni | Italy | Gio Batta | 学校 | 1978卒 | 本人の経歴・紹介文 | 保存版 |
| Michael Zoubenko | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | ||
| Michèle Ashley | USA | Gio Batta | 学校 | 1975卒 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Nadia Montovani | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | ||
| Nicola Lazzari | Italy | Gio Batta | 学校と工房 | 1979卒・Morassi工房 約10年(〜1990) | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Oliver Barry | UK? | Gio Batta | 記載なし | 本人の経歴・紹介文 | 出典 | |
| Paolo Trazzi | Italy | Simeone | 工房・実習工房 | 2016 研修 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Pierre Barthel | France | Gio Batta | 記載なし | 本人の経歴・紹介文 | 出典 | |
| Primo Pistoni | Italy | Gio Batta | 学校 | 1971-1975在学 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Riccardo Bergonzi | Italy | Gio Batta | 学校 | 1979卒 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Robert Stoltemberg | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | ||
| Roberto Collini | Italy | Gio Batta | 工房・実習工房 | 1983卒(Scolari)・以後数年 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Roberto Delfanti | Italy | Gio Batta | 工房・実習工房 | 1982卒・CEE 3年(タツノヤでは〜1988 Morassi工房) | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Sabino Preti | Italy | Gio Batta | 学校 | 1979卒 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Sandro Asinari | Italy | Gio Batta | 工房・実習工房 | 1987卒・bottega CEE・1991独立 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Stefania Bodini | Italy | Gio Batta | 工房・実習工房 | 1992卒・CEE 4年・1996〜 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Stefano Conia | Italy (Hungary生) | Gio Batta | 学校 | 1968-1972在学・1972卒 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Tadeusz Słodyczka | Poland | Gio Batta | 工房・実習工房 | 1998-1999 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| Takao Iwai | Japan | Gio Batta | 記載なし | 本人の経歴・紹介文 | 出典 | |
| Taketoshi Hashimoto | Japan | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | |
| Valerio Prilipco | Russia | Gio Batta | 記載なし | 本人の経歴・紹介文 | 出典 | |
| Vittorio Formaggia | Italy | Gio Batta | 学校 | 1974入学・1978卒 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| William Patterson | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | ||
| Yung Chul Lee | Korea? | Gio Batta | 記載なし | 百科事典の門下一覧 | 出典 | |
| Zheng Quan | China | Gio Batta | 工房・実習工房 | 1985-1988 Morassi工房 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| 内山昌行 | Japan | Gio Batta | 記載なし | 1979クレモナ入学・1985〜 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| 石井高 Ishii Takashi | Japan | Gio Batta | 学校 | 1970入学・1975卒 | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
| 髙橋尚也 | Japan | unclear | 記載なし | 本人の経歴・紹介文 | 出典 |
各コンクールが公表している結果(PDF・ウェブページ。公式ページが消えているものはインターネット・アーカイブの保存版)から、1,532行を作りました。「全順位」は、入賞しなかった人まで順位が載っている回です。本文の順位と値段の比較(表5)は、この6回だけを使っています。ポズナンの2011年と2016年は、本選に進んだ人は本選の順位、進まなかった人は2次予選の順位で、本選の人を上に置き直しました。クレモナ・トリエンナーレの点数表は応募番号だけで製作者の名前がなく、名前つきの全順位は公開されていません。
| コンクール | 年 | 行数 | 全順位 | 楽器 | 出典 |
|---|---|---|---|---|---|
| クレモナ・トリエンナーレ | 1976 | 3 | violin1・viola1・cello1 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 1979 | 3 | violin1・viola1・cello1 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 1982 | 2 | violin1・viola1 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 1985 | 3 | violin1・viola1・cello1 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 1988 | 4 | violin1・viola1・cello1・double bass1 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 1991 | 2 | violin1・cello1 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 1994 | 2 | violin1・cello1 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 1997 | 2 | violin1・viola1 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 2000 | 3 | violin1・viola1・cello1 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 2003 | 2 | violin1・cello1 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 2006 | 1 | cello1 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 2009 | 3 | violin1・viola1・cello1 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 2012 | 11 | violin3・viola3・double bass3・cello2 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 2015 | 21 | violin7・cello6・viola5・double bass3 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 2018 | 21 | violin7・viola6・cello5・double bass3 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 2021 | 19 | violin6・cello6・viola5・double bass2 | 出典 | |
| クレモナ・トリエンナーレ | 2024 | 27 | violin10・viola7・cello7・double bass3 | 出典 | |
| ポズナン | 1957 | 7 | violin7 | 出典 | |
| ポズナン | 1962 | 5 | violin5 | 出典 | |
| ポズナン | 1967 | 5 | violin5 | 出典 | |
| ポズナン | 1972 | 7 | violin7 | 出典 | |
| ポズナン | 1977 | 7 | violin7 | 出典 | |
| ポズナン | 1981 | 7 | violin7 | 出典 | |
| ポズナン | 1986 | 5 | violin5 | 出典 | |
| ポズナン | 1991 | 5 | violin5 | 出典 | |
| ポズナン | 1996 | 7 | violin7 | 出典 | |
| ポズナン | 2001 | 3 | violin3 | 出典 | |
| ポズナン | 2006 | 3 | violin3 | 出典 | |
| ポズナン | 2011 | 120 | ○ | violin120 | 出典 |
| ポズナン | 2016 | 65 | ○ | violin65 | 出典 |
| ポズナン | 2021 | 10 | violin10 | 出典 | |
| ポズナン | 2025 | 10 | violin10 | 出典 | |
| ミッテンヴァルト | 2010 | 175 | ○ | violin100・viola44・cello31 | 保存版 |
| ミッテンヴァルト | 2014 | 111 | ○ | violin65・viola25・cello21 | 出典 |
| ミッテンヴァルト | 2018 | 92 | ○ | violin50・viola22・cello20 | 保存版 |
| ミッテンヴァルト | 2022 | 75 | ○ | violin46・viola18・cello11 | 保存版 |
| 米国ヴァイオリン協会(VSA) | 2000 | 80 | violin22・cello14・viola12・violin bow7・viola bow6・cello bow6・quartet5・bass bow5・double bass3 | 保存版 | |
| 米国ヴァイオリン協会(VSA) | 2002 | 57 | violin13・viola10・cello8・violin bow6・quartet5・cello bow5・viola bow5・double bass3・bass bow2 | 保存版 | |
| 米国ヴァイオリン協会(VSA) | 2004 | 97 | violin32・cello18・viola13・cello bow8・viola bow8・quartet7・violin bow7・double bass2・bass bow2 | 保存版 | |
| 米国ヴァイオリン協会(VSA) | 2006 | 92 | viola22・violin18・cello16・quartet12・violin bow8・cello bow7・viola bow4・double bass3・bass bow2 | 保存版 | |
| 米国ヴァイオリン協会(VSA) | 2008 | 74 | violin18・viola17・cello10・violin bow8・quartet7・viola bow7・cello bow4・bass bow2・double bass1 | 保存版 | |
| 米国ヴァイオリン協会(VSA) | 2010 | 99 | violin32・viola20・cello9・quartet9・violin bow9・viola bow6・cello bow6・double bass4・bass bow4 | 保存版 | |
| 米国ヴァイオリン協会(VSA) | 2012 | 94 | violin29・viola21・cello16・quartet7・violin bow6・cello bow5・viola bow4・double bass3・bass bow3 | 保存版 | |
| 米国ヴァイオリン協会(VSA) | 2014 | 91 | viola27・violin21・cello14・quartet9・double bass5・violin bow4・viola bow4・cello bow4・bass bow3 | 保存版 |
クレモナ周辺の作家410人(クレモナの見本市の出展者・市の製作者登録簿・製作者協会・国際製作者協会 EILA の会員)について、経歴に書かれた師匠を調べました。師匠の名前が分かったのは190人です。「弟子」は410人の中で、その師匠の名前を経歴に書いている作家の数です。店頭価格は、弟子のうち値段のデータが2本以上ある作家の中央値の中央値(税抜き)で、3人以上いる師匠だけ載せています。
| 師匠 | 名簿の中の弟子 | 値段のある弟子 | 弟子の中央値 |
|---|---|---|---|
| Gio Batta Morassi | 36 | 15 | 228万円 |
| Massimo Negroni | 27 | 9 | 192万円 |
| Giorgio Scolari | 26 | 11 | 200万円 |
| Stefano Conia | 18 | 10 | 144万円 |
| Francesco Bissolotti | 16 | 4 | 360万円 |
| Vanna Zambelli | 13 | 7 | 180万円 |
| Alessandro Voltini | 10 | 4 | 281万円 |
| Simeone Morassi | 9 | 3 | 220万円 |
| Claudio Amighetti | 8 | 3 | 292万円 |
| Vincenzo Bissolotti | 8 | ||
| Renato Scrollavezza | 7 | ||
| Giorgio Cè | 7 | ||
| Alessandro Krilov | 7 | ||
| Massimo Ardoli | 6 | ||
| Maurizio Tadioli | 5 | ||
| Ezio Scarpini | 3 | 220万円 | |
| Giorgio Grisales | 3 | 220万円 |
Cozioに落札があるイタリアの作家のうち、1860〜1960年生まれ・没年が分かる・相場比を出せる落札が5件以上ある80人です(ロッシやフェラーリのように別人と区別できない姓は除きました)。「経歴に名前が出る本数」は、今の作家の経歴2,263本(同じ作家の重複を除いた数)の中で、「師事」「工房」などの言い回しの近くにその姓が出てくる経歴の本数です。本人や同じ姓の一家のページは数えていません。相場比は、同じ年に落札された20世紀生まれのイタリアの作家のヴァイオリンの中央値に対する倍率の中央値です。
appendixD_masters80.csv(UTF-8 BOM付き)
| 親方 | 生年 | 没年 | 経歴に名前が出る本数 | 落札 | 相場比 |
|---|---|---|---|---|---|
| Poggi, Ansaldo | 1893 | 1984 | 5 | 10件 | 11.70倍 |
| Fagnola, Annibale | 1865 | 1939 | 1 | 49件 | 7.69倍 |
| Ornati, Giuseppe | 1887 | 1965 | 12 | 9件 | 6.52倍 |
| Oddone, Carlo Giuseppe | 1866 | 1935 | 0 | 22件 | 5.80倍 |
| Bisiach, Leandro I | 1864 | 1946 | 4 | 36件 | 4.84倍 |
| Garimberti, Ferdinando | 1894 | 1982 | 13 | 10件 | 4.48倍 |
| Pedrazzini, Giuseppe | 1879 | 1957 | 0 | 41件 | 4.15倍 |
| Soffritti, Ettore | 1877 | 1928 | 1 | 14件 | 3.85倍 |
| Bisiach, Carlo | 1892 | 1968 | 4 | 15件 | 3.84倍 |
| Capicchioni, Marino | 1895 | 1977 | 3 | 25件 | 3.72倍 |
| Candi, Cesare | 1869 | 1947 | 0 | 15件 | 3.65倍 |
| Sannino, Vincenzo | 1879 | 1969 | 0 | 32件 | 3.34倍 |
| Sgarabotto, Gaetano | 1878 | 1959 | 17 | 31件 | 3.25倍 |
| Gatti, Giorgio | 1868 | 1936 | 0 | 14件 | 3.18倍 |
| Pollastri, Gaetano | 1886 | 1960 | 1 | 6件 | 2.94倍 |
| Antoniazzi, Romeo | 1862 | 1925 | 0 | 32件 | 2.86倍 |
| Sgarabotto, Pietro | 1903 | 1990 | 17 | 6件 | 2.86倍 |
| Degani, Giulio Ettore | 1875 | 1959 | 0 | 37件 | 2.75倍 |
| Pistucci, Giovanni | 1864 | 1955 | 0 | 21件 | 2.74倍 |
| Farotti, Celeste | 1864 | 1928 | 0 | 9件 | 2.65倍 |
| Gadda, Gaetano | 1900 | 1956 | 3 | 28件 | 2.53倍 |
| Gotti, Anselmo | 1902 | 1962 | 1 | 5件 | 2.49倍 |
| Marengo Rinaldi, Romano | 1866 | 1926 | 0 | 5件 | 2.39倍 |
| Scrollavezza, Renato | 1927 | 2019 | 24 | 5件 | 2.36倍 |
| Sgarbi, Antonio | 1866 | 1938 | 0 | 8件 | 2.36倍 |
| Morassi, Gio Battista | 1934 | 2018 | 75 | 27件 | 2.35倍 |
| Novelli, Natale | 1908 | 1981 | 1 | 5件 | 2.32倍 |
| Fracassi, Arturo | 1899 | 1973 | 0 | 11件 | 2.25倍 |
| Contino, Alfredo | 1890 | 1963 | 0 | 33件 | 2.22倍 |
| Messori, Pietro | 1870 | 1952 | 0 | 5件 | 2.14倍 |
| Bignami, Otello | 1914 | 1989 | 6 | 8件 | 2.13倍 |
| Sderci, Igino | 1884 | 1983 | 5 | 41件 | 1.98倍 |
| Lucci, Giuseppe | 1910 | 1991 | 0 | 28件 | 1.94倍 |
| De Barbieri, Paolo | 1889 | 1962 | 0 | 26件 | 1.93倍 |
| Politi, Enrico | 1885 | 1979 | 0 | 8件 | 1.86倍 |
| Varagnolo, Ferruccio | 1880 | 1916 | 0 | 9件 | 1.82倍 |
| Ullmann, Georg | 1879 | 1946 | 0 | 6件 | 1.79倍 |
| Parmeggiani, Romolo | 1888 | 1964 | 0 | 6件 | 1.74倍 |
| Lecchi, Giuseppe Bernardo | 1895 | 1967 | 0 | 16件 | 1.68倍 |
| Candi, Oreste | 1865 | 1938 | 0 | 12件 | 1.62倍 |
| Stefanini, Giuseppe | 1908 | 1992 | 2 | 18件 | 1.57倍 |
| Pevere, Ernesto | 1891 | 1963 | 1 | 10件 | 1.49倍 |
| Fredi, Rodolfo | 1861 | 1950 | 0 | 8件 | 1.47倍 |
| Bellarosa, Vittorio | 1907 | 1979 | 0 | 13件 | 1.46倍 |
| Azzola, Luigi | 1883 | 1973 | 0 | 8件 | 1.39倍 |
| Curletto, Anselmo | 1888 | 1973 | 0 | 7件 | 1.38倍 |
| Bissolotti, Francesco | 1929 | 2019 | 43 | 20件 | 1.32倍 |
| Altavilla, Armando | 1876 | 1968 | 0 | 10件 | 1.29倍 |
| Bedocchi, Mario | 1880 | 1955 | 0 | 9件 | 1.29倍 |
| Farotto, Celestino | 1905 | 1988 | 1 | 15件 | 1.26倍 |
| Parravicini, Piero | 1889 | 1957 | 0 | 8件 | 1.25倍 |
| Simonazzi, Amedeo | 1891 | 1974 | 0 | 6件 | 1.22倍 |
| Piccagliani, Armando | 1879 | 1945 | 0 | 11件 | 1.19倍 |
| Michetti, Plinio | 1891 | 1991 | 0 | 13件 | 1.16倍 |
| Muschietti, Umberto | 1875 | 1953 | 0 | 6件 | 1.16倍 |
| Galimberti, Luigi | 1888 | 1957 | 1 | 7件 | 1.15倍 |
| Bellafontana, Lorenzo | 1906 | 1979 | 0 | 10件 | 1.11倍 |
| Cavani, Vincenzo | 1889 | 1973 | 1 | 11件 | 1.03倍 |
| Pellacani, Giuseppe | 1900 | 1995 | 0 | 17件 | 0.98倍 |
| Ferroni, Fernandino | 1868 | 1949 | 1 | 5件 | 0.95倍 |
| Cavalazzi, Antonino | 1905 | 1987 | 1 | 12件 | 0.91倍 |
| Auciello, Luigi | 1881 | 1971 | 0 | 5件 | 0.86倍 |
| Cortese, Andrea | 1889 | 1954 | 0 | 7件 | 0.85倍 |
| Gianotti, Alfredo | 1915 | 1991 | 0 | 7件 | 0.84倍 |
| Contavalli, Primo | 1899 | 1989 | 0 | 5件 | 0.83倍 |
| Lassi, Enzo | 1907 | 1965 | 0 | 5件 | 0.73倍 |
| Morara, Paolo | 1889 | 1958 | 0 | 5件 | 0.72倍 |
| Barbieri, Bruno | 1922 | 1989 | 0 | 16件 | 0.71倍 |
| Celani, Constantino | 1869 | 1953 | 0 | 6件 | 0.69倍 |
| Saccani, Benigno | 1868 | 1936 | 0 | 6件 | 0.63倍 |
| Pallaver, Giovanni Battista | 1908 | 1986 | 0 | 5件 | 0.61倍 |
| Mozzani, Luigi | 1869 | 1943 | 0 | 23件 | 0.60倍 |
| Zani, Aldo | 1906 | 1995 | 0 | 6件 | 0.55倍 |
| Bozzi, Raffaello | 1905 | 1981 | 0 | 11件 | 0.53倍 |
| Muncher, Romedio | 1874 | 1940 | 0 | 10件 | 0.51倍 |
| Calace, Raffaele I | 1863 | 1934 | 0 | 14件 | 0.50倍 |
| Puglisi, Michelangelo | 1879 | 1951 | 0 | 9件 | 0.50倍 |
| Agostinelli, Luigi | 1891 | 1976 | 0 | 5件 | 0.41倍 |
| Merighi, Luigi | 1928 | 1990 | 0 | 10件 | 0.38倍 |
| Bertucci, Fausto Mario | 1897 | 1964 | 0 | 5件 | 0.27倍 |
Cozioの記録にある本人のヴァイオリンの落札44件のうち、その年の物差し(20世紀生まれのイタリアの作家の落札が20件以上ある年)がある28件です。2008年と2023年に相場の0.24倍という極端に安い落札が1件ずつあり、状態や帰属(本人作とされる程度のもの)の違いと考えられますが、中身は確かめていません。中央値で見ているので、本文の結論は変わりません。
| 年 | 落札 | 相場比(その年の中央値) |
|---|---|---|
| 1997 | 2件 | 1.60倍 |
| 2006 | 1件 | 1.70倍 |
| 2008 | 2件 | 0.93倍 |
| 2010 | 1件 | 1.58倍 |
| 2011 | 2件 | 2.37倍 |
| 2012 | 1件 | 2.21倍 |
| 2013 | 1件 | 3.33倍 |
| 2014 | 1件 | 3.35倍 |
| 2015 | 2件 | 4.11倍 |
| 2017 | 4件 | 2.48倍 |
| 2018(死去) | 1件 | 3.26倍 |
| 2019 | 1件 | 3.27倍 |
| 2020 | 1件 | 2.90倍 |
| 2023 | 4件 | 2.12倍 |
| 2024 | 1件 | 2.89倍 |
| 2025 | 1件 | 4.32倍 |
| 2026 | 2件 | 2.10倍 |
<a href="https://ai.jfsc.jp/research/violin-maker-value/">ヴァイオリン製作家の価値は何で決まるのか──入賞歴、師匠の名前、一門の大きさ(製作コンクール368人と、巨匠モラッシー門下91人のその後)|株式会社日本財務戦略センター</a>文章での出典表記:株式会社日本財務戦略センター「ヴァイオリン製作家の価値は何で決まるのか──入賞歴、師匠の名前、一門の大きさ(製作コンクール368人と、巨匠モラッシー門下91人のその後)」(2026年10月4日) https://ai.jfsc.jp/research/violin-maker-value/日本財務戦略センターが2026年8月から集めている世界の楽器店の公開在庫(日本・欧州・米国・豪州・アジアの店)のうち、店が作家本人の作としているヴァイオリンで、値段が出ているもの4,563本を使いました。作家本人が運営する直販の店の楽器も本人作に含めています。値段を出していない「お問い合わせ」の楽器、販売済みで値段が消えた楽器、ヴィオラ・チェロ・弓・小型の楽器(ポシェット)、品名に工房の普及版を示す語(ラボ、ライン、ワークショップ、ボッテガ、工房、学生用など)がある楽器は除きました。同じ店の同じ品名は1本とし、付加価値税・消費税を抜いて、取得時の為替で円に直しています。作家ごとに中央値を取り、作家の数で比べました。店名は出していません。
品名に作家の名と姓の両方が出てくるものだけを、その作家の楽器としました。品名に作家名以外の人名らしい語が2つ以上ある場合(ほかの作家の楽器の説明文に名前が出ているだけのもの)は除きました。初代ジョ・バッタ・モラッシーと甥のジョヴァンニ・バッティスタ・モラッシーは同じ名前なので、製作年で分けています(1995年以前を初代、1996年以降を甥)。ステファノ・コニアは父と息子が同じ名前で、店頭の記載で区別できないものは父子をまとめて扱いました。
表4の「棚の本数」は、値段の有無を問わず、本人作として公開の店頭で確認できた本数です。値段を出していない楽器や販売済みの楽器も含みます。集めている店は日本に厚く、本数は出回っている量ではなく下限です。
入賞しなかった人まで順位が載っている6回(ミッテンヴァルト2010・2014・2018・2022年、ポズナン2011・2016年)を使い、回ごと・楽器ごとの順位を出場者数で割った位置で比べました。同じ作家が複数の回・部門に出ている場合は、最も良かった位置を使っています。経歴に出場した回が書かれているかは、作家の名前の語がすべて経歴の冒頭に出てくるページだけを使い、その回の年とコンクール名が近くに出てくるかで判定しました。
Tarisio が公開している Cozio の落札記録のうちヴァイオリンを使いました。相場比は、同じ年に落札された20世紀生まれのイタリアの作家のヴァイオリンの中央値(その年に20件以上あるときだけ)に対する倍率です。
経歴は、dbstrings、Archivio della Liuteria Cremonese、liuteriacremonese.it、Consorzio Liutai Antonio Stradivari Cremona、イタリア製作家協会(ALI)、国際製作者協会(EILA)、各作家の公式サイト、楽器店の作家紹介から取り、取得したページの本文を保存しています。師匠には、学校の先生、卒業時の担当、工房の親方、実習・徒弟修業の先を含め、数日〜数週の講習の先生や工房の共同利用の相手は含めていません。
Google トレンド(日本・過去5年の週次)で、「耳をすませば」の検索が平常の3倍以上に増えた週を4つ取り出し、同じ週の「クレモナ」「地球屋」「天沢聖司」「バイオリン職人」「ジブリ バイオリン」「ジブリ ヴァイオリン」の値を、3〜6週前の平均と比べました。トレンドの値は、語ごとに最も多い週を100とした相対値です。
本稿は、楽器店の公開されている店頭価格、製作コンクールの公表結果、オークションの公開記録、作家や工房が公開している経歴を機械的に収集・集計・分析したものであり、特定の作家・工房・楽器店についての評価ではありません。現役の作家の値段は価格グレード(帯)で示しており、評価額でも取引価格でもありません。
経歴は本人や紹介者が公開している文章に基づくもので、すべての経歴が書かれているとは限りません。
同姓・同名の別人、世代の取り違え、製作年や楽器の種類の誤りなど、記載に誤りがある可能性があります。お気づきの点、および掲載削除のご要望がありましたら、お問い合わせよりご連絡ください。速やかに確認のうえ対応いたします。